ストーリー

僕の雇い主、亜柚レイは名探偵である。

……僕としては胸を張り大手を振って世間に向かってそう叫んで回りたいのだけれど、
何がどこでどう間違ったのか、亜柚さんには「名探偵」の他にもう一つ奇妙な肩書きがついている。
超宇宙(コスモ)級スター亜柚レイ。
科学技術の発達により探偵なんて職業は完全に廃れてしまって事務所は閑古鳥、
何か副業でもしなければ日々の生活もままならないとは言え名探偵兼スターって言うのはどうなんだろう。
僕は亜柚さんを尊敬しているけれど、それは飽くまで「名探偵」亜柚レイを、だ。
ああ、早くスターなんかじゃなくて探偵としての亜柚さんが見たい。
幼い僕を心酔させたあの、下手な刃物なんかよりよっぽど鋭い、冴え渡った推理の口上が聞きたい。

『今度の映画にはぜひユピテルの遺跡を使いたいな。いや、使おう。このシーンを表現せずして何がシリーズ最高傑作だというんだ。笑止千万だね。私はこれを撮りたい! そうして全宇宙に至上の感動を伝えたい!』

そんな僕の心中なんてすっかりさっぱり知らない亜柚さんが、ある日とんでもないことを言い出した。
よりにもよってここ第二エルデと現在冷戦状態、渡航も禁止されてるユピテルに映画撮影のために行きたいとかなんとか。
『全宇宙を未知の感動で埋め尽くす……これは宇宙(コスモ)級スターの宿命なのだよ、諸君!』
とかなんとか……スターがそんなはた迷惑な指名を背負ってる訳がないのに一体何を言っているんだか。
危険だから止めてくれと頼んでも、亜柚さんは一歩も譲らない。
仕方がないので、渋い顔をする亜柚さんを説き伏せて僕もその撮影に同行することになったんだけれど……。

『ようこそ、宇宙船ガイストシャッフへ。大した持成しも出来ないが、くつろいでくれ』

亜柚さんは自分が宇宙級アイドルだから航行の許可が簡単に下りた、なんて得意げに言っていたけれど、どうにもこうにもきな臭い。
たかが映画の撮影でこんな密航じみた真似が許されることってあるんだろうか?
それに、どうもこの宇宙船に乗った時から推理小説マニアの僕の血が不穏な気配を感じて騒いで止まない。
――きっと何かが起こる。事件が起こる。
そんな予感を抱えつつ、生来気楽な僕は、仮に事件が起こったら「名探偵」亜柚レイが見れるかもしれない……なんて考えてワクワクしていた。
そう……不謹慎にも、僕はワクワクしてしまっていたのだ。

「アレ」を目の当たりにするまでは。

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